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Research Article

Development and linguistic validation of the Japanese version of the Process-Based Assessment Tool

[version 1; peer review: awaiting peer review]
PUBLISHED 14 Jul 2026
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OPEN PEER REVIEW
REVIEWER STATUS AWAITING PEER REVIEW

This article is included in the Japan Institutional Gateway gateway.

Abstract

Background: Conventional evidence-based psychotherapies typically employ disorder-specific protocols, which may limit flexibility in addressing comorbidities and the complexity of mental health problems. To address this limitation, process-based therapy proposes a theoretical framework that enables the tailoring of psychotherapy by comprehensively assessing the psychological, biophysiological, and sociocultural processes within each unique individual. The Process-Based Assessment Tool (PBAT) is an item pool designed to assess intra-individual processes of change over time based on this framework. PBAT is characterized by its applicability across different therapeutic orientations, capacity to support the assessment of multidimensional changes, and the development of personalized treatment strategies. This study aimed to develop a Japanese version of the PBAT with ensured linguistic validity.
Methods: The translation was conducted according to the 10-step guidelines recommended by the International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research. As part of this process, cognitive debriefing (Step 7) was conducted through semi-structured interviews with six Japanese adults in their 20s to 40s. Three evaluators analyzed the interview data to identify necessary revisions and aspects requiring cultural adaptation.
Results: Semi-structured interviews indicated that revisions were required for 13 of the 21 items in the draft Japanese version of the PBAT. In addition, certain terms were unfamiliar to Japanese interviewees, highlighting the need to examine respondents’ interpretations while considering cultural differences regarding these terms.
Conclusions: The expressions used in the draft Japanese PBAT were refined based on the following three viewpoints: 1) alignment between item wording and recalled situations, 2) simplification of psychotherapy-specific terminology, and 3) cultural differences between Western and Japanese contexts. Through discussions with the authors of the original PBAT, the Japanese PBAT was further linguistically validated to satisfy theoretical rigor. This study contributes to the implementation of process-based assessments in Japanese psychotherapy practices.

Keywords

process-based therapy, Process-Based Assessment Tool (PBAT), extended evolutionary meta-model, linguistic validation, patient reported outcome, cognitive debriefing, cultural adaptation

臨床心理学研究においては,従来,『精神疾患の診断・統計マニュアル』(American Psychiatric Association, 2022) などの診断分類に準拠したうえで,「この障害に対してこの治療プロトコルを適用すれば,平均でこの程度の治療効果が得られる」という形式でエビデンスを蓄積する法則定立的 (nomothetic) アプローチが国際的なメインストリームとなっていた。一方で,診断分類に準拠した法則定立的アプローチに対しては,複数の障害を抱えた併存事例も相当数存在するために臨床実践場面での適用性が限られる(Kessler et al., 2005),障害単位の治療プロトコルをいくつも習得するには時間がかかる (Barlow et al., 2011),平均論的にみて有効な治療が目の前のクライエントにも奏功するという保証はない (Hayes et al., 2020),といった限界が早くから指摘されてきた。従来のアプローチに対する根強い批判を受けて,近年では有力な診断横断的アプローチが次々と提案されている(レビューとして,杉浦, 2019)。例えば,うつ病や各種の不安症の共通メカニズムである感情障害に標的を絞り,介入の効率化を図る統一プロトコルの活用が広がっている (Ito et al., 2023)。また,精神障害を「診断分類をまたいで存在する多様な個別症状同士の複雑な相互作用」と捉え,実データをもとに個人ごとの相互作用パターンを推定して介入標的を絞り込む心理ネットワークアプローチも期待を集めるようになった (Borsboom & Cramer, 2013; 樫原・伊藤, 2022)。

上記のように様々な診断横断的アプローチが台頭してきたことを受け,近年提唱されたのが,プロセス・ベースド・セラピー (process-based therapy; 以下,PBTとする) という心理療法の新たな枠組みである (Hayes et al., 2020; Hofmann et al., 2021 菅原他監訳, 2023)。PBT の理念は,一人ひとりのクライエントを診断横断的な観点から理解するよう促しつつも,従来の心理療法研究が診断分類に沿って蓄積してきたエビデンスとの接続を図っていくことで,目の前のクライエントにとって最適な治療をテーラーメイドしていくことにある (Moskow et al., 2023)。そして,従来のエビデンスに基づく治療では看過されてきた,クライエントを取り巻く文化や文脈,固有のニーズや目標,個別のクライエントに対する有用性について豊かな知見を得ることをねらっている (Hayes et al., 2019)。PBT は,こうした理念を実現するために提唱されたゆるやかな枠組みであり,個別の研究や臨床実践の文脈に応じたアレンジが推奨されている。そのため,PBT には厳格な手続きは存在しないのだが,現時点で最も体系化されたテキスト (Hofmann et al., 2021; 菅原他監訳, 2023) を紐解くと,大きく分けて以下の 3 つの要素から PBT が成り立っていることが読み取れる。

第 1 の要素は,クライエントが抱える個別の複雑な問題を整理して視覚化するための,ネットワークモデルという表現形式である。具体的には,クライエントの問題にまつわる様々な事象(イベント)を取り出し,イベント間でどのような相互作用(プロセス)が生じているかを同定していくことで,問題の全容を描き出したひとつのネットワークモデルができあがる。こうしたモデルは,クライエントのナラティブをもとに手描きで作成することもできれば,特定の変数に着目した反復測定を実施し,量的データの統計解析に基づいて推定することもできる(レビューとして,Kashihara et al., 2025)。

第 2 の要素は,拡張進化論メタモデル (extended evolutionary meta model; 以下,EEMMとする; Hofmann et al., 2021; 菅原他監訳, 2023) と呼ばれる,ネットワークモデルの精緻化を促すための参照枠である ( Figure 1)。EEMMは,クライエントが抱える様々なプロセスを便宜的に「情動」「認知」「注意」「自己」 「動機づけ」「外顕的行動」の6次元に分類したうえで,それぞれのイベントが「生物生理学的」「社会文化的」という 2 レベルで生じうるということをまず説明している( Figure 1 の縦軸)。例えば,「イライラ」という情動は,「ホルモンバランスの乱れ」という生物生理学的要因と,「職場のストレス」という社会文化的要因の両方から生じる可能性がある。そして,行動科学と進化科学の融合を図った近年の理論 (Hayes & Sanford, 2015) を踏襲する形で,クライエントが置かれた「コンテクスト(文脈) 」を考慮しつつ,「バリエーション(選択肢) 」「セレクション(選択) 」「リテンション(保持) 」という 3 段階のどこで問題が起きているのかを特定していく( Figure 1 の横軸)。例えば,「ネガティブ思考」という認知の問題が,ポジティブな代替思考を取るという選択肢に気づけずに維持されているのか,その選択肢には気づいているのに選択ができていないのか,代替思考を試してはいるもののそれを保持して習慣化するには至っていないのか,といったことを特定していくのである。さらに,目の前のクライエントにとっての非適応的なプロセスだけでなく,適応的に機能しているプロセスにも着目して( Figure 1 の奥行きの軸)こうした分類・特定の作業を進めていく。こうした3軸を有効活用することで,個々のクライエントが抱える問題を多面的・複眼的に理解しやすくなり,「問題のシステム全体を変容させるためには,いまあるプロセスのうちいずれを強化・低減し,さらにどういったプロセスを新たに加えていく必要があるか」という介入方針を策定しやすくなる。

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Figure 1. 拡張進化論メタモデル (extended evolutionary meta-model: EEMM) の概念図.

注: Hofmann et al. (2021 菅原他監訳, 2023) の図 3.2 (p. 42) を,版元の許可を得たうえで転載した。

第 3 の要素は,治療カーネル (treatment kernels) である。治療カーネルとは,特定の次元やレベルで生じているプロセスに対しての有効性が確認されている治療技法の集合体を指し,あらゆる学派の心理療法研究が示してきた膨大な数のエビデンスを統合したメタ分析研究 (Hayes et al., 2022) によって同定されている。この治療カーネルを参照することで,クライエント個別の文脈やセラピストの技能に照らして最適な治療技法を選ぶことが可能になる。例えば,クライエントのネットワークモデルにおいて鍵となるプロセスが「ネガティブ思考」だと特定できた場合に,認知の次元に対して有効な治療カーネルとして「認知的再評価」「認知的脱フュージョン」などの選択肢があるとわかっているので,セラピストの技術的習熟度を考慮して「認知的再評価」を主な治療技法として適用する,といった判断が下しやすくなる。

上述した PBT の 3 つの要素のうち,ネットワークモデルと EEMM があるおかげで,一人ひとりのクライエントが抱える問題を隅々まで記述する個性記述的 (idiographic) アプローチが実現される。その際に,EEMM に沿った形で諸変数の反復測定を行い,それらの変数同士の関連からなるネットワーク構造を推定すれば,目の前のクライエントに固有の介入ターゲットをデータ駆動で同定することも可能になる。さらに,メタ分析研究から見出された治療カーネルを用いて介入を実施すれば,診断分類に沿って法則定立的に蓄積された過去のエビデンスとの接続を果たすことができる。つまり PBT は,個性記述と法則定立という異なるアプローチの両方を有効活用するための枠組みを提供しつつ,数量データ解析との接続を促すことで,心理療法のテーラーメイド化を推し進めているのである。

上記の背景を踏まえ,EEMM の 3 軸構造 ( Figure 1) を反映した質問項目プールとして開発されたのが,Process-Based Assessment Tool (以下,PBAT とする;Ciarrochi et al., 2022)である。 Table 1 に示されている通り,PBAT では,EEMM の縦軸で記述された各次元・レベルの内容を概ね反映した質問項目1が,EEMM の奥行きの軸(適応的か,非適応的か)を反映した形で,ポジティブな内容のものとネガティブな内容のものの 2 種類ずつ設けられている。さらに,EEMM の横軸で記載された「セレクション」の段階だけでなく,「バリエーション」や「リテンション」が機能しているかどうかを検討するための項目も盛り込まれている。Ciarrochi et al. (2022) が PBAT 原版の文言を決める際には,特定の心理療法の学派に肩入れせず,EEMM の発想をクライエントにわかりやすい言葉で伝え,個々のクライエントの心のシステムのありようを網羅的に把握できるようにすることが目指された。そのため,文言の作成工程は,認知行動療法,アクセプタンス&コミットメント・セラピー,力動的心理療法,社会心理学,ポジティブ心理学などの幅広い領域の専門家が合議を重ねる形で進められた。

Table 1. 拡張進化論メタモデル (extended evolutionary meta-model: EEMM) を反映した Process-Based Assessment Tool (PBAT) の項目プールの一覧.

プロセスの段階適応的な行動 (ポジティブ項目に対応)非適応的な行動 (ネガティブ項目に対応)
バリエーション(選択肢)自分の行動を変えることができて,生活の助けになった。(項目 1)
I was able to change my behavior, when changing helped my life.
行き詰まっている感じがして,役に立たない行動を変えることができなかった。(項目 12)
I felt stuck and unable to change my ineffective behavior.
セレクション (選択) 
 情動:体験することへの切望場面に応じて,喜怒哀楽といった幅広い感情を体験することができた。(項目 3)
I was able to experience a range of emotions appropriate to the moment.
自分の感情の適切なはけ口を見つけられなかった。(項目 18)
I did not find an appropriate outlet for my emotions.
 認知:一貫していることへの切望よりよい生活を送れるように自分の考えを活かした。(項目 13)
I used my thinking in ways that helped me live better.
考えていることが,自分にとって大切な物事の妨げになった。(項目 7)
My thinking got in the way of things that were important to me.
 注意:方向づけへの切望日常生活における大切なことに注意を払った。(項目 8)
I paid attention to important things in my daily life.
日々の生活の中で,今この瞬間とつながるのに苦労した。(項目 14)
I struggled to connect with the moments in my day-to-day life.
 社会的関係:つながりへの欲求自分にとって大切な人々と交流するための行動をした。(項目 15)
I did things to connect with people who are important to me.
自分にとって大切な人々とのつながりに悪影響を与えることをした。(項目 15)
I did things that hurt my connection with people who are important to me.
 動機づけ:自律性への欲求自分にとって大切なことをする,という選択をした。(項目 16)
I chose to do things that were personally important to me.
周りの人が自分に望んでいることにただただ応じるがままに行動した。(項目 9)
I did things only because I was complying with what others wanted me to do.
 外顕的行動:有能感への欲求自らに挑戦するための自分にとって大切な方法を見つけた。(項目 11)
I found personally important ways to challenge myself.
自らに挑戦するための有意義な方法を見つけられなかった。(項目 5)
I did not find a meaningful way to challenge myself.
 身体的健康に関する行動自分の身体の健康につながる過ごし方をした。(項目 6)
I acted in ways that helped my physical health.
自分の身体の健康を損なう過ごし方をした。(項目 17)
I acted in ways that hurt my physical health.
リテンション (保持)うまくいったと思えるやり方をし続けた。(項目 10)
I stuck to strategies that seemed to have worked.
自分にとってよいことをし続けるのに苦労した。(項目 4)
I struggled to keep doing something that was good for me.
除外項目自分の生活をよりよくするために環境を変えた (例:誘惑を取り除いた,邪魔になるものを減らした,よい影響に囲まれるようにした)。(項目 19)
I changed my environment, to improve my life (examples: removing temptation; reducing distractions; surrounding myself with positive influences.
困難に直面しているときでも,自分が大事にしていることを貫いた。(項目 20)
I stuck to what I cared about, even in the face of difficulties.
日々の生活で学んだことを活かしている。(項目 21)
I’ve used what I’ve learned in everyday life.

この PBAT のさらなる特色といえるのが,「質問項目プール」というあり方である。Ciarrochi et al. (2022) が詳述するように,PBAT の主目的は,目の前のクライエントにとってとりわけ重要なプロセスの個人内変動を捕捉し,PBT における個性記述的アプローチを促進することにある。そのため,個々の臨床実践や研究の文脈に合わせて PBAT から必要な項目を抜き出し,反復測定を実施して項目ごとの得点変動を検討するという使用法が推奨されている(実践例として,Westhoff et al., 2024)。この使用法は,従来の質問紙尺度において典型的であった「複数の質問項目がもつ情報を,少ない数の因子や構成概念によって説明する」という使用法と大きく異なるため,PBAT の妥当性検証もまた通常の尺度の場合とは異なる手続きに基づいて進められた。具体的に,Ciarrochi et al. (2022) では,PBAT に含める 21 個の質問項目候補を用いたオンライン調査 (N = 598) を実施し,そこから得たデータに対して機械学習のアルゴリズムを適用することで,「反復測定を実施して項目ごとの得点変動を検討する」という用途に耐えられない項目を特定するという手続きが取られた。そうした手続きの結果,3項目が除外対象となり( Table 1 の「除外項目」を参照),18 項目からなる PBAT の英語原版が完成した2

この PBAT については,英語原版のほかに 5 ヶ国語版が Web サイト (https://pbatsupport.com/) 上で公開されているが,本研究の開始段階において日本語版は未開発であった。各種の診断横断アプローチが台頭し,心理療法のテーラーメイド化を後押しするための数量データ解析が広まりつつある現代において,PBAT の日本語版を開発する意義は大きいと考えられる。そこで本研究では,PBAT の日本語版を開発し,その言語的妥当性を入念に検討することとした。上述したように,PBAT は「項目ごとに得点の個人内変動を検討する」という使用法を前提としており,各項目の文言も幅広い領域の専門家の合議で慎重に定められている。そうした特徴をもつ質問項目プールである以上,項目一つひとつの言語的妥当性を担保する必要性が高く,通常の心理尺度以上に厳密な手続きに則って日本語版の文言を定めていくことが求められる。このことから本研究では,International Society for Pharmacoeconomics and Outcomes Research (以下,ISPOR とする)タスクフォースがまとめた尺度翻訳の国際的ガイドライン(稲田, 2015; Wild et al., 2005)が推奨する 10 個のステップに沿って尺度翻訳を実施していく。特に,ガイドラインで必須とされている「認知デブリーフィング (cognitive debriefing)」という手順に重点を置き,尺度に回答する立場の非専門家を対象とした小規模のインタビュー調査を実施して,項目の文言がどのように解釈されるのかユーザー目線のチェックを受けていく。

以上の主目的に加え,本研究は,言語的妥当性に重点を置いた尺度翻訳のあり方を示し,具体的な手順やツールを提供していくことをもうひとつのねらいとしている。日本の心理学分野における翻訳尺度開発研究では,数量データ解析による妥当性検証の比重が大きく,日本語版の文言を確定するまでの過程については,著者間での合議や逆翻訳を実施したといった簡潔な説明で済まされることが多い。しかし,医学という近接分野に目を転じると,ISPOR のガイドラインに沿って尺度項目の文言を定めるための質的研究が単一の論文業績として評価されており(例えば,松平他, 2016; 竹谷他, 2023),翻訳版尺度と原版尺度の意味の等価性を保証するための手続きを積み重ねる「言語的妥当化 (linguistic validation)」への認識という面で心理学よりも大きく先を行っている。回答者の内面を質問項目で尋ねる以上,理論的な適切性と回答者にとっての理解しやすさを両立することは,本来すべての心理尺度にとって不可欠である。特に,国際共同研究の実施が盛んになった現代では,言語的妥当化を含む尺度翻訳の手続きの精緻化が求められる場面も増えていくだろう。そうした問題意識を共有し,言語的妥当性に焦点を当てた尺度翻訳を促すた めに,本研究では Open Science Framework (以下,OSF とする)を活用して,翻訳手続きの事前登録を 行い,PBAT の翻訳にまつわるすべての手続きを透明化することを試みた3

方法

ISPOR のガイドラインに沿った翻訳手続き

PBAT の翻訳は,ISPOR のガイドラインで推奨される 10 個のステップに沿って実施された。まず,PBATの英語原版 (Ciarrochi et al., 2022) の開発者らから,日本語翻訳版の開発許可を得た(手順 1)。そのうえで,日本語を母語とする臨床心理学分野の研究者 1 名(本論文の第 1 著者)と,英文校正・学術翻訳サービス Editage から業務委託を受けた日本語を母語とする翻訳者1名が,英語原版の質問項目を日本語に訳す 「順翻訳」の手続きを各自で実施した(手順 2)。次に,PBAT の背景理論に精通している臨床心理学分野の研究者 2 名(本論文の第 2, 3 著者)と,「手順 2」で順翻訳に携わった研究者 1 名の間で,個々の質問項目のねらいに関する理解を共有し,英語原版の文意を忠実に反映するための留意点を抽出した。それらの留意点を踏まえつつ,「手順 2」で作成された 2 種類の順翻訳版を比較・統合し,1 つの日本語暫定版を作成した(手順 3)。続けて,Editage に再度の業務委託を行い,英語を母語とする翻訳者 1 名がその日本語暫定版を英語に翻訳し直す「逆翻訳」の手続きを実施した(手順 4)。そのうえで,「手順 4」で得られた逆翻訳版の PBAT についての批評コメントを英語原版の開発者らから得て,日本語訳を適宜修正した (手順 5)。さらに,公開済みの他国語翻訳版において内容の改変が行われていないかを確認し,必要に応じて日本語版の文言を調整する「調和」の手続きを実施した4。具体的には,学術翻訳サービスであるクリムゾン・ジャパンに対して,本研究の実施当時から公開済みであったドイツ語版とイタリア語版の日本語訳を依頼し,英語原版から内容が改変されていないことを確認した(手順 6)。続けて,言語的妥当化を目的とした認知デブリーフィングとして,半構造化インタビューを実施した。具体的には,研究協力者1名を対象とした予備調査でインタビューガイドを精緻化した後に,後述する参加者 6 名を対象に本調査を実施した(手順 7)。そして,認知デブリーフィングの結果をもとに本論文の著者間で合議して一部項目の文言を修正し(手順 8),英語原版の開発者らから再度の批評を受けて,一部項目の文言を適宜修正した (手順 9)。最後に,本論文の著者間で最終校正を行い,日本語版の文言を確定した(手順 10)。

日本語暫定版の作成過程における方針

「手順 2」および「手順 3」において,翻訳の質を高める方策を本論文の著者間で議論し,基本指針を以下のように定めた。第 1 に,文体に関して,日本語としての理解しやすさや流暢性を優先することとした。例えば,日本語の日常会話では主語を明示しない場合が多いことを踏まえ,英語の “I” にあたる「私は」を省略することとした。また,多様な層の日本語話者が回答しやすいように可能な限り平易な語句を用いることとした。第 2 に,PBAT の教示文では測定の時間枠を自由に設定できることを踏まえ (Ciarrochi et al., 2022),多様な時間枠での使用に耐えうる訳語を充てていくこととした。例えば,英語原版で出現する “life” という単語については,日々の生活におけるささいな変化も捕捉できるように,「人生」ではなく 「生活」と訳すこととした。第 3 に,背景理論である EEMM における各項目の位置づけや,項目間の対比関係を考慮して訳出することとした。第 4 に,各種心理療法の背景理論に由来する語彙が含まれていた場合には,既存の日本語版尺度(藤野他,2015齋藤他,2017)で用いられている訳語を踏襲することとした。

認知デブリーフィングを目的としたインタビューの概要

参加者のリクルート ISPOR のガイドラインでは,尺度翻訳を実施する際,対象言語の母語話者を属性が偏らないようにリクルートして,少なくとも5名から 8 名に認知デブリーフィングを行うことが推奨されている。これを踏まえ,本研究ではオンライン調査モニター Freeasy を利用し,日本語を母語とする 20 代から 50 代の成人を対象に,性別,年齢,婚姻,職業形態が偏らないように候補者を選定した。また,PBAT は心理療法の利用者も回答しうる尺度であるため,精神的健康度の指標である日本語版General Health Questionnaire の 12 項目版(以下,GHQ-12 とする;中川・大坊, 2013)のカットオフ値(4 点)を超える者と超えない者の両方が含まれるようにした。以上の基準で選定した 10 名のうち,協力意思のあった 6 名(男性 3 名,女性 3 名,年齢層: 31 歳から 46 歳,GHQ-12 得点:0点から 8 点)がインタビューに参加した(参加者の基本情報は,OSF 上の Table S1 参照)。

インタビューの手続き 2023 年 5 月から 7 月の間にインタビューを実施した。インタビューはオンライン会議システム Zoom 上で実施され,録画された。はじめに,上述の「手順 6」までに作成された日本語暫定版の PBAT を参加者に提示し,回答を求めた。次に,先行研究 (d'Ardenne, 2015; Egger‐Rainer, 2019) や予備調査を踏まえて作成したインタビューガイド(OSF上の Table S2, Table S3 参照)に沿って,参加者に尺度項目をどう解釈したかや思考のプロセスを尋ねていった。すべての尺度項目について,「項目ごとの理解」「尺度の適正性」「その他」に大別される質問を行ったほか,参加者の発話の促進や明確化が必要だと判断された場合には,適宜補足的な質問を行った。

なお,PBAT の教示文では研究目的に応じて測定の時間枠を自由に設定できるが,インタビュー参加者にはひとまず「この1週間」という時間枠を提示して PBAT へ回答を求めた。この時間枠で回答に支障がなかったかどうかは,「尺度の適正性」の質問で確認した。

インタビューデータの分析方法 インタビューで得られた音声データは,文字起こしサービスのコエラボによって逐語化された。逐語データをもとに,本論文の著者3名がExcelシート上に書き込み合議する形で分析を進めた。まず,第1著者が,参加者 6 名の発話を Excel シート上に抽出した。そのうえで,日本語暫定版 PBAT のどの項目に対して,参加者からどのような疑問が表明されていたのかを整理し,各項目の文言の修正案を書き込んだ。次に,第 2 著者と第 3 著者が,参加者の発話の一覧と論点を確認し,質問項目の修正案に対する意見をそれぞれ書き込んだ。そして,それらの意見を踏まえた修正案を第 1 著者が再度書き込み,第 2 著者と第 3 著者からの確認と承諾を得た。

倫理的配慮

以上に示した本研究のすべての工程は,筑波大学人間系研究倫理委員会の承認を受けて実施された(承認課題番号:筑 2023-14 A)。また,本研究のすべての参加者に対して,研究参加に先立って研究趣旨と倫理事項を説明し,書面によるインフォームド・コンセントを取得した。

翻訳版尺度の妥当性検証の状態

本研究は,翻訳初期段階の言語的妥当性の精緻な検証を目的としている。そのため,翻訳された尺度の信頼性の評価や,数量データ解析に基づく妥当性検証(例えば,他尺度との相関の評価)は未実施である。

結果

インタビュー調査で得られた知見の概要

インタビューの結果,PBAT 日本語暫定版 21 項目のうち 15 項目の文言について,参加者から違和感や意見が表明された。以下では,各項目に対する指摘の要点を提示するとともに,その指摘を踏まえて本論文の著者らがどのように文言の修正を行ったのかを示していく(参加者の発話例については,OSF 上の Table S4 参照)。

「バリエーション」の項目 ポジティブ項目(項目 1)は行動の変化について尋ねるものだが,どの範囲ま での「行動」を想定して回答すればよいのかわかりにくいという意見が散見された。ネガティブ項目 (項目 12)では,「身動きがとれず」という文言の解釈が分かれ,6 名中 2 名は,多忙などにより「物理的に動けない」という意味で解釈していた。

こうした指摘を踏まえ,項目 1 については,英語原文の後半にある “when changing helped my life” の訳し方を修正した。修正前の日本語訳は「自分の生活に役立った」であったが,参加者からは「役立つ」の意味の曖昧さや,「役立つ」という程度の大きさに関して意見が表明された。そこで,Ciarrochi et al. (2022) の論文に立ち返り,本項目が「個人が目標に向かう際に,柔軟で多様な選択肢をとれるか」を問うためのものであったことを確認して,該当箇所を「生活の助けになった」と修正した。また,項目 12 の英語原文にある “feel stuck” については,物理的な制約というよりも,「 〔物事に〕行き詰まる」や「どうしたらいいかわからない」といった心理状態を表す語句であることを英和辞典(南出・中邑,2022)で確認した。そこで,修正前の「身動きがとれず」という日本語訳を「行き詰まっている感じがして」に修正して,心理状態について言及した項目であることを強調した。

「情動:体験することへの切望」の項目 ポジティブ項目(項目 3)では,「その時々にふさわしい様々な感情」という表現についての解釈が分かれた。具体的に,参加者の一部は,「ふさわしい」という言葉から強い感情や特別な体験を想起していた。ネガティブ項目(項目 18)については,わかりやすさに関して目立った問題は報告されなかったが,「適切な表現の仕方」という文言から,表出する感情をひとつに決められない感覚や,あらゆる感情を表せない状態を連想するなど,解釈の幅が広くなってしまっていることが示唆された。

こうした指摘を踏まえ,項目 3 の “a range of emotions” の意味を著者間で合議し,「特定の感情に偏らない,幅広い感情価を含んだ豊かな情動体験」が本来の文意であることを確認した。修正の際は,文意を明確化するために,日本語訳の中に「喜怒哀楽」という慣用句を挿入した。また,“appropriate to the moment” の “moment” が単数形であることに着目し,ある瞬間や場面に伴って感情を体験する様子を示す意図で,修正前の「ふさわしい」という文言を,「場面に応じて」という表現に修正した。さらに,項目 3 との対 比に鑑み,項目 18 の “outlet” の意味を再検討した。情動体験を問う項目としては,英和辞典(南出・ 中邑,2022)における「 〔感情・精力などの〕はけ口」という語義や,英英辞典 (Hornby et al., 2020) における「感情やエネルギーの発散先」という語義が最も近いと判断し,修正前の「適切な表現の仕方」という文言を「適切なはけ口」に修正することとした。

「認知:一貫していることへの切望」の項目 ポジティブ項目(項目 13)の「思考を使った」,およびネガティブ項目(項目 7)内の「自分の思考」,「大切な事柄の妨げ」という表現に対して,イメージが湧きにくく堅苦しいということが指摘された。

こうした指摘を踏まえ,原文にあった “thinking” という語の意味を再考した。手順 5 における原版開発者らによる批評では,“thinking” は頭に浮かんでいることや考えるという行為全般を指すものであり,「思考」という名詞のニュアンスよりも,「過剰に反芻したり心配したりする」「考える」といった動詞のニュアンスを含意しているという見解が示されていた。この見解に立ち返り,修正案においては “thinking” を 「思考」と訳出するのを取りやめ,項目 13 では「考え」に,項目 7 では「考えていること」に修正した。また,項目 7 の「事柄」という文言を「物事」に修正し,口語調にいっそう近づけた。同じく項目 7 の「妨げ」という表現についてもニュアンスの齟齬が報告されたが,そうした報告をした参加者は 1 名にとどまったため,修正をしない判断をした。

「注意:方向づけへの切望」の項目 ポジティブ項目(項目 8)については,「注意を向けた」という表現のわかりにくさが指摘された。ネガティブ項目(項目 14)については,6 名全員がわかりにくさを報告し,そのうち3名は「瞬間とつながる」という表現に対して,意味が読み取れないなどの明らかな疑問を呈 した。

こうした指摘を踏まえ,項目 8 の原文にある “pay attention” という語の訳出について2つの修正案を提示した。第1案は修正前より自然な言い回しである「注意を払った(逆翻訳: “focused my attention”) 」とし,第 2 案はより口語的な「目を向けた(逆翻訳: “focused my eyes”) 」として,原版開発者らに訳語の最終選択を委ねることとした。加えて,文頭の「自分の日々の生活における」という部分の可読性を向上させるために,文言を「日常生活における」に修正した。なお,一部の参加者からは「意識するということと,行動するということは別物なので,どう回答したらよいか迷った」という主旨の意見が呈されていたが,ここでいう「注意を払う」または「目を向ける」は,その瞬間の体験に対して無自覚となって行動する自動操縦状態 (Segal et al., 2002; 越川監訳, 2007) と対比的な意味を成すものである。そのため,本項目についての付記として,「行動できた」と感じる程度ではなく「意識できた」と感じる程度を回答してもらうのが適切であると修正過程の資料に記した。項目 14 の原文にある “connect with the moments” という表現も,同様に,「今この瞬間の体験との接触」を重視するマインドフルネスの技法の文脈を含むものであることを著者間で確認した。そのうえで,既存の日本語のマインドフルネス関連尺度(前川・越川,2015)を参 照し,修正前の日本語訳より馴染みやすいであろう「今この瞬間とつながる」という表現を採用することとした。さらに,原文の “in my day-to-day life” が名詞節ではなく副詞節であることを踏まえ,「日常生活の中の瞬間とつながることに苦労した」から「日々の生活の中で,今この瞬間とつながるのに苦労した」へと項目文全体を修正した。

「社会的関係:つながりへの欲求」の項目 ポジティブ項目(項目 15)では,6 名中 4 名が修正前の「つながるようなこと」という文言に対して意見を提示した。特に,その前にくる「大切な人々と」という文節との組み合わせに違和感を示す意見や,「今まで接点がなかった人との間に新たな関係性が生まれた」という意味合いで解釈したという意見が目立った。ネガティブ項目(項目 2)では,6 名中5名が「つながりを損なう」という文言から「関係性が完全に絶たれる,もしくは,極度に悪化する」といった様子を連想して おり,原文にあった “hurt my connection” という表現の意味合いが論点となった。

こうした指摘を踏まえ,Ciarrochi et al. (2022) が本項目について「社会的な関係性や他者とのつながりへの欲求を満たす」という主旨を示していたことに立ち返り,訳語を修正することとした。具体的に,ポジティブ項目の主眼が,他者と「つながる」という曖昧な感覚ではなく,実際に「交流する」など,意味のある関係性を築く行動を起こすことにあるということを著者間で確認した。このことを踏まえ,項目 15 は「自分にとって大切な人々と交流するための行動をした」と修正した。また,項目 2 の原文にある “hurt” という語については,「対人関係を絶つ」という行動のみを指すものとして捉えるのではなく,対人関係において問題となる行動全般を指すとみなすのが適切だろうということを,著者間で EEMM と照らし合わせつつ判断した。こうした判断のもと,該当箇所を「つながりに悪影響を与える」とする修正案を作成するとともに,項目の主旨について誤解がないかを念のため確かめるために,「つながりをなくす」という対案も原版開発者らに提示し,どちらの訳語がよいか最終判断を委ねることとした。

「動機づけ:自律性への欲求」の項目 ネガティブ項目(項目 9)に含まれる「周りが望んでいるという理由だけで」という文言については,「自ら他者の望みを汲み取って,もしくは期待に応えて」という主旨なのか,「同調して,もしくは流されて」という主旨なのかがわからず,どの程度の自律性について尋ねられているのかがわかりづらいと指摘された。

 こうした指摘を踏まえ,項目 9 の原文にある “comply” という語を英和辞典(南出・中邑,2022)と英英辞典 (Hornby et al., 2020) で再確認したところ,「 〔要求・命令・規則に〕従う,応じる」という説明や,“to obey a rule, an order, etc.; to meet particular standard” という説明があったため,周囲の要求に応じるという意味合いの強い語であることが理解できた。そこで,項目 9 全体を「周りの人が自分に望んでいることに応じるがままに行動した」と修正する案を原版開発者らに提示することとした。

「外顕的行動:有能感への欲求」の項目 ポジティブ項目(項目 11)およびネガティブ項目(項目 5)の両項目において,原文の “challenge myself” の対訳である「自らに挑戦」という表現が堅苦しいうえに,そのような体験をする場面が思い当たらないという所感が報告された。

 こうした指摘を踏まえ,まず修正案を模索するために,人を目的語とする場合の “challenge” という語の定義を英和辞典(南出・中邑,2022)および英英辞典 (Hornby et al., 2020) で再確認した。その結果,「⟨人⟩の能力[技量]を試す」「⟨人⟩の意欲をかき立てて~する気を出させる」といった定義や,“to test one’s ability and skills, especially in an interesting way” といった語義が確認できた。そのうえで,“challenge myself” に対する意訳として「自分自身を高める」を充てる修正案を考案し,原版開発者らから批評を受けることとした。

その他の微修正 リテンションのポジティブ項目(項目 10)では,6 名中4名が「方略」という語彙に違和感を示した。そこで,「うまくいったと思える方法(逆翻訳: “methods”)をとり続けた」という修正案と,「うまくいったと思えるやり方(逆翻訳: “approaches”)をし続けた」という対案を作成し,原版開発者らに訳語の最終選択を依頼することとした。また,英語原版では除外項目となった項目 21 について,日本語暫定版で用いられていた「活かしてきている」という文言が不自然であるという意見が一部の参加者から表明された。この文言は,英語原版の “I’ve used” という現在完了形を反映したものであったが,日本語では現在完了形と現在形の区別がそもそも明瞭でないということを著者間で合議し,当該の文言を「活かしている」と修正したうえで,原版開発者らにその逆翻訳の確認を依頼することとした。

原版開発者による再度の批評と,日本語版 PBAT の確定

以上に示したように,認知デブリーフィングの結果を踏まえて 15 項目を修正し,修正後の逆翻訳について,原版開発者らに再度の批評を求めた。その結果,9 項目(項目 1, 3, 7, 12, 13, 14, 15, 18, 21) については,著者らの修正案で問題がないと判断された。また,3項目(項目 2, 8, 10) については,著者らが示した複数の中から原版開発者らが的確だと思えるものを選択することで,日本語訳を確定させることがで きた。

一方で,残る 3 項目(項目 5, 9, 11)については,原版のニュアンスを的確に反映しきれていないというコメントが付され,日本語訳のさらなる推敲が必要となった。具体的に,項目 9(「動機づけ:自律性への欲求」のネガティブ項目)については,「本人の意思による行動ではなく,“compliance”(順守・追従)のために行動をすることを表現してほしい」という主旨のコメントが付された。これを受けて,著者間で「~にただただ従うがままに行動した(逆翻訳: “I just acted following…”) 」「~にただただ応じるがままに行動した (逆翻訳: “I just acted in compliance with…”) 」「自分が行動したのは,ひとえに周りの人の要求に従ったからだった(逆翻訳: I only acted because I was following the requests of surrounding people.) 」という 3 種類の修正案を再度作成した。これらの 3 案について原版開発者に選択を委ねたところ,第2案が最も適切と判断されたため,それを日本語訳の最終版として採用した。残る項目 5, 11 は,いずれも「外顕的行動:有能感への欲求」の項目であるが,原文にあった “challenge myself” という語句によって「自分自身に挑み,学び,達成感や熟達感を得ていく」という意味を伝達したい旨が原版開発者らから強調された。この批評を受けて著者間で合議したところ,「たとえ日本人の回答者にとってなじみの薄い行動であったとしても,当人の生活状況を根本的に規定する外顕的行動を測定するための項目であることを踏まえた日本語訳にする必要がある」という結論に達し,暫定案で元々考えていた「自らに挑戦する」という表現に戻すこととした。こうした判断について原版開発者らからも支持が得られたため,項目 5, 11 の “challenge myself” という語句には「自らに挑戦する」という日本語訳を充てることで確定した。

最後に,本論文の著者らによる最終校正(手順 10)で不備がないことを確認し,全 21 項目の日本語版PBAT ( Table 1) を確定した。

尺度の適正性に関する知見

「尺度の適正性」に関して,回答中に不快に感じた項目や,回答を差し控えた項目は報告されなかった。一方で,回答時に参照する時間枠(「この 1 週間」)については,6 名中 4 名が適正だったと報告し,残り 2 名からは指定の時間枠が短く感じられたことが報告された。

考察

本研究では,ISPOR が定めた尺度翻訳の国際的ガイドラインに則って日本語版 PBAT を開発し,その言語的妥当化を行った。特に,認知デブリーフィングを踏まえた文言の改訂プロセスでは,大きく分けて下記 3 点の作業が行われていたと総括できる。第 1 の作業は,参加者が尺度項目の文言から想起した場面と,PBAT の各項目で本来捉えたいイベントやプロセスが合致しているかを確認するというものである。PBAT は,EEMM (Hayes et al., 2020) で記述される多様なイベントやプロセスを網羅的に把握するための尺度である。そのため,参加者は多岐にわたる場面を PBAT の項目群から想起することとなった。認知デブリーフィングでは,いくつかの項目で,用いた訳語の影響で適切な場面想起がしづらくなっていたことが明らかになった。例えば,項目 2 の暫定版で用いられていた「つながりを損なう」という表現に対しては,「対人関係を絶つような行動をした」という場面と「広い意味で,対人関係上の問題となりうる行動をした」という場面のどちらを想定すればよいのか,という疑問が参加者から報告された。こうした報告を受け,後者のニュアンスの方が EEMM の主旨と合致していることを論文の著者間で確認し,訳語を「つながりに悪影響を与える」に修正するに至った。このように,翻訳版尺度の開発途中で訳語を慎重に選択したとしても,開発者の意図とは異なる場面を回答者が想定してしまう可能性は残されており,そのことは回答者から入念な聴き取りを行って初めて明らかになる。特に PBAT は,極端な行動を検出するためのものではなく,日常的に生起する行動の微細な変化を追跡するための尺度であったため,開発者の意図と回答者の読み取る内容が合致しているかの確認が他の尺度以上に重要であったといえる。

 第 2 の作業は,特定の心理療法にルーツをもつ用語の意味合いを再確認し,可能な限り平易な表現に置き換えるというものである。具体的に,PBAT における「認知:一貫していることへの切望(項目 7, 13) 」と「注意:方向づけへの切望(項目 8, 14) 」の項目群は,アクセプタンス&コミットメント・セラピーなども含めた広義の認知行動療法で実践される,「機能的な思考の探索」と「注意の制御」というプロセスをそれぞれ踏まえている。こうした背景のもと認知行動療法に特有の表現を盛り込んだ項目群ということもあり,認知デブリーフィングでは参加者から「イメージが湧きづらい」という意見が多数表明された。このことを踏まえ,論文の著者間では,「考えを活かした(項目 13) 」「注意を払った(項目 8) 」「今この瞬間とつながる(項目 14) 」などの比較的耳馴染みのある訳語を新たに採用し,表現の難解さを和らげるように努めた。もちろん,わかりやすさを追い求めるあまり用語の定義を逸脱した訳語を充てることはできないため,新たな訳語を採用してもなお一般の回答者にとっては理解しづらいという可能性は残る。そのため,日本語版 PBAT を実際の測定に用いる際には,個別の主旨説明の中で認知行動療法特有の用語について事前に理解を確認するなどの工夫が必要になるだろう。

第 3 の作業は,認知デブリーティングの参加者から表明された違和感の語りを踏まえ,欧米圏と日本の文化差が項目の解釈にどのように影響しうるかを新たに検討するというものであった。本研究では特に, 「外顕的行動:有能感への欲求(項目 5, 11) 」と「動機づけ:自律性への欲求(項目 9, 16) 」の項目群について訳語の決定が難航し,その背景に文化差の影響がうかがわれた。例えば,認知デブリーフィングでは項目 5, 11 に含まれる「自らに挑戦する (challenge myself )」という文言について,「意味がわからないわけではないが,日常の中で実際にそういう行動をする場面は思い浮かばない」「アスリートでもない限り,自らに挑戦するという表現はしっくりこない」といった所感が複数報告された。こうした意見を踏まえ,その後の工程で「自分自身を高める」「自分なりの課題にチャレンジする」といった言い換えが可能なのかどうか英語原版の開発者に尋ねたわけだが,結果的には「自らに挑戦する (challenge myself )」という言い回しを改変するべきではないという返答を得ることとなった。原版開発者の返答の詳細は OSF 上の資料に掲載しているが,そこからは「能動的に好奇心をかき立て,自らを鼓舞して技能を磨く」ということが,欧米圏では日本よりも違和感なく受け入れられていることがうかがえる。また,「動機づけ:自律性への欲求」のネガティブ項目(項目 9)の暫定版に含まれていた「周りが望んでいるという理由だけで」という文言に対しては,認知デブリーフィングで,「自ら能動的に他者の望みを汲み取る」など必ずしもネガティブとは限らない意味にも解釈できるという指摘が入った。こうした指摘を踏まえ,その後の工程で原版開発者らに項目の修正案を提示したところ,今度は「外的な規則や要求に対して追従 (comply) し,自律性を失ってしまう」というネガティブな意味をもっと反映してほしいという批評が入り,文言の確定までさらなる推敲が必要となった。こうした一連のやり取りからは,「周りに合わせる」ことや「自律性を失う」ことについて日本と欧米圏とで微細な感覚の違いがあり,原版のニュアンスを日本語版で再現するには相応の慎重さが求められるということがうかがえた。日本語版 PBAT を実際の測定に用いていく際には,上記で議論した文化差の可能性も考慮に入れながら項目群の得点を解釈していくことが必要になるだろう。

認知デブリーフィングを通じて上記 3 点の作業を行うことで,本研究は,PBAT の日本語版について最大限の言語的妥当化を達成することができた。具体的には,認知デブリーフィングで得られた知見をもとに本論文の著者間で合議し,原版開発者らの批評を受けることで,各項目の測定内容を英語原版の場合と限りなく近づけられたと考えられる。また,特定の心理療法に由来する表現について入念に検討し,欧米圏と日本の文化差が項目の解釈に及ぼした影響を考察することで,日本語版 PBAT を個別の研究や臨床実践で活用する際の留意点を明確化することができた。言語的妥当性の担保された日本語版 PBAT が開発され,その活用上の留意点が示されたことは,PBT という新たなアプローチが日本にも根付いていくための貴重な土台となり,ひいては PBT を含めた診断横断的アプローチ全体の発展にも資することだ ろう。

さらに,OSF を積極活用して尺度翻訳の過程全体を透明化した点にも,本研究独自の価値が認められる。先述したように,日本の心理学研究における翻訳尺度の開発過程では,量的データ解析による妥当化に比重が偏っており,日本語版の文言を確定するまでの過程については詳細が容易にうかがい知れない状況にあった。それに対して本研究は,ISPOR のガイドラインに基づく尺度翻訳の過程を記録した資料をOSF で公開し,尺度翻訳研究のための参照枠を提示している。こうした参照枠があることで,日本の心理学分野においても言語的妥当化の重要性について認識が高まり,いままで以上に質の高い翻訳尺度の開発につながっていくことが期待される。

本研究の限界と今度の展望

本研究では日本語版 PBAT の言語的妥当化を実施したが,単一の実証的研究である以上,網羅できていない点がある。まず,本研究の認知デブリーフィングには,GHQ-12 の得点がカットオフ値を超える参加者が含まれていたが,それらの参加者がなんらかの精神医学的診断を有しているのか,また心理療法を受けている最中なのかといったことは不明である。本研究では,対象をいわゆる臨床群に絞ると十分な数の参加者が集まらないことと,長時間のインタビューで負担が生じた際のアフターケアがオンラインでは難しいことを考慮して,診断の有無や心理療法の利用状況といった変数に基づくスクリーニングを行わなかった。ただし,実際の研究や臨床実践において PBAT を使用する場面では,臨床群が対象となることの方がむしろ多いと考えられる。そのため,日本語版 PBAT の文言が臨床群の人々にとっても理解しやすく,体験に根づいて回答しやすいものとなっているか,さらなる改訂の余地がないかといったことについては,今後の研究や臨床実践において検討する必要がある。

また,PBAT の原版開発者らは,目的に応じて教示文の時間枠を自由に設定できるという主張を掲げていたが (Ciarrochi et al., 2022),日本語版 PBAT の場合にこの主張がどこまで妥当といえるのかは現在のところ不透明である。本研究の認知デブリーフィングでは,「この 1 週間」という時間枠を設定したうえで日本語版 PBAT の暫定版への回答を求めた。その結果,回答のしやすさに関して目立った問題は報告されなかったものの,2 名の参加者から,2 週間あるいは 1 ヶ月程度の時間枠を設定されたほうが回答しやすいという意見を得た。その背景として,回答者の生活習慣がある程度固定化している場合に,一部の項目では変化が起きにくいことが報告された。こうした知見を踏まえると,今後の研究や臨床実践において,日本語版 PBAT について短い時間枠の中で複数回の回答を求めたときに,その個人にとって日内変動が起きにくい項目については回答がしづらいということもあり得る。海外の実証的研究では,PBAT 英語版の項目群を用いて 1 日 2 回の反復測定を実施し,いずれの変化のプロセスがアウトカム指標に対して大きく寄与するかといったことが明らかにされているが (Sanford et al., 2022),それらの研究には「指定された時間枠における回答のしやすさ」について体験が掘り下げられていないという限界が存在する。そのため,今後の研究や臨床実践で日本語版 PBAT の反復測定を行う際には,指定された時間枠において回答者が無理なく回答を行えていたかを丁寧に聞き取り,日本語版 PBAT を有効活用できる時間枠の範囲を明らかにしていくことが望まれる。

最後に,本研究は日本語版 PBAT の言語的妥当化に焦点化したものであったため,量的データ解析を通じたさらなる妥当化は当然のことながら今後の研究課題となる。通常の心理尺度を妥当化する場合と同様に,他の尺度との相関を検討するのはもちろんのこと,Ciarrochi et al. (2022) が PBAT の英語原版を開発する際に行ったように,機械学習のアルゴリズムを適用するなどして,各項目の反復測定デザインにおけるパフォーマンスを評価することが求められるだろう。そうした量的研究において,上述したように「指定された時間枠における回答のしやすさ」についての体験の聞き取りを行っていけば,日本語版 PBAT に期待できる妥当性の範囲を,エビデンスに基づいて徐々に明らかにしていくことができる。こうしたエビデンスの蓄積を継続していけば,PBAT を有効活用した研究や臨床実践を実施しやすい環境が整い,PBT や診断横断的アプローチが日本で発展していく原動力のひとつとなるだろう。そのことによって,心理療法のテーラーメイド化や,法則定立的アプローチと個性記述的アプローチの融合が加速し,個々人の実態やニーズに合致した臨床実践が広がっていくという展開が期待される。

オープンサイエンスの取り組み

本論文のプレプリントは,PsyArXiv のリポジトリ(https://osf.io/preprints/psyarxiv/hpjn8_v1) で公開されている。また,本研究については計画段階での事前登録が実施されており,その内容について OSF のリポジトリ(https://osf.io/rm352/) の Registrations タブから確認することができる。

関連する発表

本研究の一部は,日本心理学会第 87 回 大会 (2023) において発表された。

生成 AI の利用について

本論文の英文抄録の作成および推敲にあたって、生成 AI (ChatGPT-5.3) を利用した。また、作成した文章について、Editage (www.editage.com) による英文校正を受け、表現の適切性を向上させた。

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Kitahara Y, Kashihara J and Sugawara D. Development and linguistic validation of the Japanese version of the Process-Based Assessment Tool [version 1; peer review: awaiting peer review]. F1000Research 2026, 15:1153 (https://doi.org/10.12688/f1000research.179498.1)
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